拡散希望!!!!! その29

2025/08/28
拡散希望!!!!! その29


【「結局、大人って何?」-「心理学・人間関係」は学校教科として必要】

「結局、大人って?」精神的に未熟な人との決定的な違い7選/経験により理解することがコレ

(YouTube「ココヨワチャンネル」より)

 当たり前ですが、形式的には「18歳以上」を「大人」として捉えますが、 それだけではありません。

「心理学・人間関係」からみた「大人」

①人の痛みが分かる
→良くも悪くも人生は「経験」の積み重ねです。特に「マイナスな経験」ほど「一生涯残りやすい」です。さらに人は「自分が経験したこと」しかわからないものです。「自分の経験したこと」から物事を読み解いていきます。そのため、「(自分と同じ経験をした人を通して)行動を考えて実行していきます」「このことは秘密にしよう」という感覚はここからきています。

②助け合いの連鎖がわかる
→自分のとった行動が社会にどれだけ影響するのかが分かっている感覚です。子どもはまだ「知識や経験」が浅いため、「自分のお得」ばかりを考えやすいです。駄々こねがこれに当たります。この駄々こねなどを通して、親御さんなど家族はお金などを工面していきます。大人になると、こうしたお金の工面がいかに大変か徐々に分かってきます。さらに自分はもちろん、他の人にも労りや感謝を向けられるようになります。人間社会は、広い視野を持って社会への影響や感謝がつながってみんなが幸せになるという想像力も膨らませるというのが成長の証です。

③自分のことがよく分かる
→実はこれが最も大切なところです。「心理学・人間関係」の学習指導要領をAIでシミュレーションをしましたが、実はその「入口(小1生、中1生、高1生の内容)」は「自己理解(自分を知る)」ということです。実は子どもの遊びは「大人になりたい」から遊びます。遊びの多くが「大人の真似」が多いです。しかし成長過程や環境で、「自分はそうでもないな」という「万能感」は失っていきます。「
万能感」を失ってもできる人もいますし、できない人もいます。「万能感」を失ってもできる人をそばで見たら、後悔や悔しさ、虚しさを感じるはずです。(少なくても私もそうでした)それでも自分の成長につながればいいのですが、そうでもないときつく周りの人へ当たることにつながります。相手がたまたまやらかしたら、「ほら見ろ!!」と言ったり思ったりすることが増えてしまいます。これは、自分は何者にもなれなかったという感覚が理解できないまま時間だけが過ぎたということです。しかし実際、人間は何者にもならなくても幸せに生きていけます。自分が成功しようが失敗しようが変わらずに穏やかに付き合ってくれる人がいます。ここが一番大事です。しかし人間も「動物」である以上は、どうしても「競争」や「成否」はつきものです。ただこれらにとらわれていますと、「野心的」、「永遠の子ども(ピーターパン症候群)」という気持ちにつながります。自分は何者にもなれなかった」としてもこの時代を生きているという感覚がないものねだりとか人への恨みが薄くなっています。「時代は選べない…けれど、生き方は選べる」のです。

④責任転嫁しない
→責任は「対自分」もそうですが、「対相手」もありますので本来は「五分五分」です。「対自分」の責任を他の人へなすりつけないということです。子どもは
まだ「知識や経験」が浅いため、「○○が言ったから」とすぐ「誰かのせい」にします。これは、自分にストレスがかかってもそのストレスを受けたくないからです。自分へのストレスを和らげたり、自分の責任だと断定しにくいため、他の人のせいにするわけです。大人になってもこうした行動をとる人もいます。これは、自分の人生の責任を自分でとれていません。これは私もかなり苦労しました。また私は、いわゆる「懲罰的自己責任(全て自分のせい)」という思い込みに悩まされています。これは特に若い人に多く見られる傾向です。第一、「天気」とか「世相」は「私個人」ではどうしようもできないところもあります。それでも一種の「謎の責任感」から「抱え込み自爆」をすることがよくあります。責任転嫁も懲罰的自己責任(全て自分のせい)も本当にあちこちで見られます。どちらもバランスが悪く、極端化しています。たとえ上手くいくことがないにしても、それでもどうやってこの時代を生きるのか考えいくことです。「何とかなるというのは誰かが何とかしている」のです。

⑤話し合いで解決できる
→社会にはそのためのサービスや仕組みがたくさんあります。話し合いが難しいと、人は感情で人を支配していきます。繰り返しですが、
子どもはまだ「知識や経験」が浅いため感情で親御さんなど家族を支配していきます。成長過程や環境で徐々に分かってきます。自分の気分体調も「緊張しています」など徐々に言葉などで伝えることができるようになります。しかし大人になっても、上手くこれらができず「態度」や「行動」をそのまま表すこともあります。モラハラなどのハラスメントがなくならないのも感情で支配するしか方法がないからです。ただし、生来からの性格などは別です。それでも、「折り合い」を付けて相手に見せびらかすことをしないのが大人です。難しいですが、中には「ガスライティング」というあえて相手に苦痛を与えて支配する方法もあります。しかし、あまりおすすめはしません。もしこれがひんぱんに続くと、それこそ野心的」、「永遠の子ども(ピーターパン症候群)」という気持ちにつながります。

⑥誠実さで人と向き合える
→誠実はずばり「謝ることができる」、「感謝ができる」、「人を思いやることができる」ということです。④ともかぶりますが、
何とかなるというのは誰かが何とかしている」のです。またこの誠実は、「受援力(助けを求める力)」でもあります。③ともかぶりますが、「自分は何者にもなれなかった」という「万能感」を失ったからこそ、SOSが出せるのです。わざと自分がボロボロになって周りがどうして助けなかったの?なんていう周りの責任を言いふらすのはこれは「受身的な攻撃」です。誠実な人に人は集まります。たとえ失敗しても、「ごめんなさい(すみません)」が言えればいいのです。知らないことであっても自分に責任を感じたらごめんなさい(すみません)」と謝ればいいのです。しかし大人になっても、この誠実さが薄い人もいます。そういう人は「自分だけお得になればいい」、「人を蹴落としたい」、「ストレス解消に人を使う」、「平気で悪口・暴言を吐く」、「罪悪感がない」という感じです。これもそれこそ野心的」、「永遠の子ども(ピーターパン症候群)」という気持ちでしょう。こういう人たちは万能感」が残ったまま時間だけが過ぎたという感じです。こうなりますと、「自己陶酔(ナルシシズム)」につながることもあります。

⑦自分の未熟さを受け入れている
→当たり前ですが、「人一人」の力にも限界があります。自分は未完成ですし、この世も未完成だとわかると大人になっていきます。多くのひとは「凡人(仏教では凡夫)」です。特別な存在ではない自分であっても、この時代をどうやって生きるのか、どうやって他の人と関わるのか模索していきます。そうなりますと、わざわざ自慢する必要もないです。しかしこれが上手くいかないと、見栄っ張りになります。自分が未熟だと分かると、他の人へ見栄を出しません。しかし、「
野心的」、「永遠の子ども(ピーターパン症候群)」という気持ちのままですと「わたしはすごい」とずっということになります。こうなりますと、「好意は受けて当たり前」の「くれくれテイカー」になってしまいます。つまり、「私は王様」というのをしょっちゅう人に言いふらしているということです。これは私の父方の家柄がまさにそうです。父親もマイルドですがくれくれテイカー」化しています。そうなりますと、他の人は当然「離れて」いきます。自分は未完成ですし、この世も未完成だとわかると②の「助け合いの連鎖」につながります。

まとめると、要は「知識と経験」を「自分の肥やし」にしていくことです。「心理学・人間関係」はその「きっかけ」になるはずです。



署名 / エールを送る